JK家庭教師が平均点以下の生徒にこだわる原点となったエピソード

あれは大学2回生になった頃のことでした。ある夜、学生専用のアパートの下宿でのんびりテレビを見ているとき、ドアをノックする音が…。大家さんが訪ねて来られたのです。話は、近所の懇意にしているご家庭の息子さんのこと。今のままの成績では進学できる高校はありませんよ、と学校の先生に言われてお母さんがとても心配し、どなたか勉強を見てくれる方はいないかと探されているので、どうか引き受けてもらえないか、というのです。
私は、自分自身は高校受験、大学受験とかなりハードな受験勉強をした経験はありますが、誰かに教えたことは一切なく、自分の妹にすら教えたことがなかったので、もちろん最初は断りました。でもそこは大家さんも必死の訴えで、ぜひ私に見てやって欲しいと強くおっしゃるのです。今思えば、塾や予備校のような集団授業ではなく、マンツーマンでしっかり取り組んでくれる人でないとダメだ、という期待を寄せられていたのかもしれません。大家さんには日頃いろいろお世話になっていることもあり、では1週間に1回程度なら、としぶしぶ引き受けた──そんな出会いでした。

最初は火曜日の夜2時間で教えはじめたのですが、はじめてみるとさあ大変、性格は素直でハキハキしたスポーツマンタイプでいい子なのですが、勉強の方は、「よくぞここまでわからないまま放っておいたなぁ!」とびっくり。それも全教科共に、です。まずは基本・基礎に戻ってやり直さなければ!と感じました。
週1回から週2回に回数を増やしても、ままなりません。時間も増やしましたが、まだまだ足りません。毎度時間が過ぎるとご家庭にも心配をかけるので、私の下宿でやろうということになり、そのうち、私が帰ってきたらいつでも来ていいよ、ということにしました。

指導はいつも3〜4時間とけっこうな長丁場です。時間を惜しんで食事しながら指導することもたびたびになり、ビールを飲みながら、ということもありました。いつからか、その子は私のためにビール1本片手に持って、やって来るようになっていました。
教え方はスパルタです。私も一生懸命、必死です。大声をはりあげ、新聞紙で頭を叩いたことも1回や2回ではありません。その姿をお母さんがじっと見つめておられ、深くおじぎをして去っていかれたことも…。
でも、そんな厳しい態度にもその子は黙々と我慢し、1回も休まず通い続け、最後の頃には週に4〜5回は来るようになっていました。難関校を受験するわけでもありません。その子にそれだけの努力ができたのは、「なんとか高校だけは入りたい」という一念だったのです。そして、その子の必死な姿を見ているうちに、いつしかそれは私の願いにもなっていました。

想いは通じ、その子は、野球が強いことで有名な、とある私立校に合格しました。本人はもちろん、お父さん、お母さんがなんと喜んだことか!
しかし一方で、本当にくたびれた、くたくたな自分もありました。もう家庭教師なんて二度とするまいとも思いました。まして、賞賛を浴びるような厳しい難関校に受かったわけでもありません。それなのに、私自身の中にも同じくこみ上げる、この喜びは何だろう!

1対1の指導をほんとうに必要としているのは、競い合って難関校を目指す子よりもむしろ、彼のように「授業についていけない」「平均点がとれない」という子ではないか、と振り返るたび、感じます。この忘れられない経験と実感が、私たちの原点なのです。
確かに、“○○校に○名合格!”という華々しい実績には結びつかないかもしれません。それでも私たちは、1対1の家庭教師指導をいちばん必要としているのはどんな子なのかをよく知っているからこそ、オススメしたいのです。
生徒たちに「自分にもできる」と気づいてもらうこと、「成長したい」という気持ちを育てることが何より大切だというのが、17年の経験から得た指導現場からの生の声です。
よい指導者との出会いによって、生徒さん自身の力で、自分の未来を強く切り開いて行って欲しい──私たちは、そんな出会いをサポートし続けたいと考えています。